板橋区立小学校PTA連合会

会長の100冊読書(61)『SHOAHショアー』

『SHOAHショアー』 

クロード・ランズマン編著 高橋武智訳 作品社
「SHOAH」(ショアー)とは、ヘブライ語を転記したラテン語の「絶滅」を意味する単語である。本書は、ナチス・ドイツによるホロコーストの被害者、そして加害者や関係者の証言をも集めた、同名映画のテクスト版である。つまり、映画で語られている言葉が、そのまま文字になっている。 この映画の、手間の掛かり方は半端ではない。多方面から多数の証言を集めるために3年半、14カ国にわたって予備調査が行われ、5年の歳月をかけて350時間に及ぶフィルムが撮影された。そして、完成作品の上映時間は9時間半にも及ぶ。DVDは9枚組(本編は8枚)である。しかし、それだけの時間や労力やコストをかけて見るだけの価値がある。証言者の表情、言葉のニュアンス、そして沈黙から、重すぎる何かが伝わってくる。クロード・ランズマン監督の企画、構成、編集も見事である。 日本では、教育過程においても「アンネの日記」くらいでしかホロコーストという出来事に触れる機会がないのではないだろうか。確認はしていないが、杉原千畝の名前さえ登場しないのではないだろうか。その昔、国語の教科書に載っていて印象深かった「一切れのパン」が、ホロコースト関連の話だと私が知ったのは最近である。主人公が乗せられていたのはナチスの移送列車であり、パン(木片)は、(おそらく強制収容所に連れて行かれる途中の)ユダヤ人のラビ(ユダヤ教の指導者)がくれたものである。メディアにおいても、スティーブン・スピルバーグ監督の「シンドラーのリスト」が話題になったくらいだろうか。逆に「ガス室はなかった説」や「ユダヤ陰謀説」など、本題を通り越して目耳を引くトピックの方が話題に上ることが多いほどである。 ホロコーストは、我々にとっては遠い異国の、異文化の中での出来事であり、また、2000年にわたる根深い問題を背景に持っており、その全貌を理解するのは容易ではない。しかし、現在も色々な意味で世界情勢に様々な影響を与え続けているユダヤの人々及びイスラエルのことを知るのは有益である。最近、イランを取り巻く状況が焦臭くなってきたが、イスラエルが何故あそこまで尖っているのか、彼らの背景を知ると少し理解出来るような気がする。 そして何よりも、「偏見」が何を行ってしまうのか、「無関心」が何を許してしまうのか、ホロコーストは人が最も学ばなければならない多くの教訓に満ちている。ホロコーストは戦争とは違う問題である。その恐ろしさの根本は、人が人を「人」と思わないことにあると私は思う。だからユダヤ人の持ち物や髪の毛や金歯まで、再利用出来たのである。また、国民が選んだ政治的代表者と政党により、多くの国民や企業の協力のもと、公的なシステムにより行われたことも、恐ろしい。一部の極悪人の所行ではないからである。 私は、アウシュビッツ強制収容所跡を訪問して雷に打たれるまで、ほとんど何も知らなかったと言ってもよいくらいであった。贖罪の意味も込めて帰国後にホロコースト関連の本を何冊も読んでみた。充分に理解したとは言いかねるが、現地で何かを訴えられた者として、何が行われたのかを少しでも多くの方に知って頂きたいという思いだけは強く持っている。本書は、関連図書の中でも比較的入りやすいものである。厚みのある本だが、話し言葉が綴られているだけなので読みやすい。断片的ながら、被害者、加害者、傍観者、それぞれの立場からの証言が絶妙に構成されている。証言者の紹介や註記が有用である。読み進むうちにおぼろげながらもホロコーストの概観が浮かび上がってくる。 映画も是非見て頂きたいのだが、今となっては購入もレンタルも、見つけるのがかなり難しい状況である。もし、本気で見たいとお思いの方にがいらっしゃれば、DVDをお貸しします。
小P連顧問 小笠原隆浩

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