板橋区立小学校PTA連合会

会長の100冊読書(60)『影の現象学』

『影の現象学』 

河合隼雄著 講談社学術文庫
ユング心理学の日本における第一人者として、広く深い影響を与えてきた河合隼雄博士の名著である。心理療法士としての立場から平易に語られた晩年の著作とは違い、かなり専門的ではある。しかし興味さえ涌けば、基礎知識がなくとも読み進むことが出来る。短気で人の好き嫌いが激しかった私は、学生時代にこの本に出会い「目から鱗が落ち」た。最も軽蔑していた大嫌いな人間が、自分の内面の投影だと気づかされたからである。 タイトルの「影(シャドウ)」とは、自我(表層)意識に対する無意識の総称であり、自分自身の内に在って意識の外から我々を突き動かす「何か」である。精神における病理現象のみならず、我々の生活のあらゆる場面で「影」の存在と働きを認識することが出来きる。例えば、大嫌いな同僚の存在、聖職者の不祥事、或いはナチスの蛮行、理解しがたい悲惨な事件、或いはいまだに根強い「いじめ」等は、典型的な「影の現象」として説明することが可能である。そして、これらは、締め付けるだけでは決して解決しないと私には思える。もちろん一つの学説ではあるが、「影(シャドウ)」という視点を得ると、現象世界へスタンスが変わってくるのである。 最近一部で熱烈な支持を集めている「ペルソナ」というゲーム及びアニメは、「影(シャドウ)」の概念(特に「影(シャドウ)との対決」)が中心的なテーマである。「ペルソナ(Persona)」とは「人」、「仮面」を意味するラテン語である。ユングが、人間の、周囲に対する外面的な側面を表すために用い、その用法で広く使われるようになった。この作品の影響で、実際に「影(シャドウ)」の概念やユングの学説に興味を持った人もいるようである。また、ユングの学説は、この他に「ヱヴァンゲリヲン」や村上春樹の『1Q84』等、その影響を様々なジャンルの多くの作品に見ることが出来る。 また、本書終盤では、映画「戦場のメリークリスマス」の原作が「東と西」の対話(即ち「影」との対決)の典型例として引用されている(会長の100冊読書『影の獄にて』参照)。私は初めて西洋に行った帰りの飛行機の中で、たまたまこの箇所を読むことになった。その見事な偶然に、この世界の秘密を垣間見たような気がした。以後、座右の書の一つとしているのである。
小P連顧問 小笠原隆浩

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